2007年10月16日

「地域での多様な働き方自分達の子育てから」社会起業講座第2回

ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)セミナー、第2回目は、「地域での多様な働き方 ―自分たちの子育てから 『あったらよかったね』を形に」と題し、NPO法人ワーカーズ・コレクティブさくらんぼ代表の伊藤保子さんからのお話です。以下、その講義をもれなく掲載です。(ひ)

「地域での多様な働き方自分達の子育てから」社会起業講座第2回
 
相鉄線三ツ境駅近隣に住む仲間たちと使い勝手のいい保育園をつくりたいと8名でワーカーズコレクティブを立ち上げて10年目。横浜の新しい保育園の制度横浜型保育室2園を運営しながら、地域のニーズに応えた民設多機能子育て支援拠点「ネスト子ども館」を昨年スタートさせました。現在働く仲間は、65歳以上の人、知的障害者、就労困難な若者、ミャンマーの女性など多様な人の働き場となっています。こんなのがあったらよかったな、と自分たちも思う地域のニーズはたくさん!それに応え、事業化することが今必要とされています。

「地域での多様な働き方自分達の子育てから」社会起業講座第2回

「社会起業講座:Ⅰ期 夏のトークアンドトーク―聞いたもん勝ち!社会起業家の経験」
第2回:9月5日(水)午後6時半~8時
「地域での多様な働き方 ―自分たちの子育てから 『あったらよかったね』を形に」

ゲスト:伊藤保子さん(NPO法人ワーカーズ・コレクティブさくらんぼ代表)

伊藤保子氏のプロフィール

1953年生まれ。障害児者の総合施設の職員として勤務後、結婚。夫の海外駐在で5年間ヨーロッパに住む。主婦としてだけでないイギリスの女性の生き方や市民活動にふれ、私として生きることを目標に帰国し、8名のメンバーと地域に使い勝手の良い保育園をつくろうと97年ワーカーズ・コレクティブさくらんぼを設立した。6月、保育室ネストを相鉄線三ツ境駅近くに開園、同7月、横浜保育室の認定を受ける。翌年隣の瀬谷駅近くにネスト瀬谷を開園。保育園だけではできない諸支援サービスを独自に事業化し2005年民設多機能子育て支援拠点「ネスト子ども館」として1本化し、新しいチャレンジを始めている。

ワーカーズコレクティブとは

 60年代後半から各国で学生の反乱を機に戦後的な価値の見直しが起こった世界の趨勢の中で、日本では公害問題など高度成長の影の部分が焦点になったり、女性解放運動が起こった。ヨーロッパでは70年代、企業の偽装倒産に対抗して、従業員が自分たちで自主生産という労働者協同組合の実践などが起こり、アメリカではベトナム反戦などを経たのちのアメリカの西海岸を中心に、ヒッピーたちが自分たちの納得のいくコミュニティをつくってそこで働こう、ただ働かされるのではなく労働を自分の手に取り戻そうという運動として、メンバーが出資して経営して労働するというワーカーズ・コレクティブの実践活動があった。日本でも協同組合の運動が起こり、実は労働者協同組合中で古くから実践例があった。ワーカーズ・コレクティブと言う言葉自身が日本に入ってきたのは、80年代。アメリカの西海岸から輸入され、神奈川県で「にんじん」の設立がはじめてだった。現在各地に広がっている。ワーカーズ・コープといわれたり、高齢者事業団のようなものもあるが、この講座での紹介としては主としては既婚女性たちが自分の生活の中で感じた問題点を事業として解決しようとした時に、誰かに雇われるのではなく、出資と労働が同じ人が担い、各自が平等に対等に扱われる事業のあり方としてワーカーズ・コレクティブをとりあげた。

 現在、グローバル化の中、格差社会といわれ、資産家が会社を保有し、所有と労働が別々になって、株主の配当のために人件費コストを節約しワーキングプアが増大し、生協が勃興した20世紀初頭のような状況になっている中で、逆に原点にかえって協同組合のあり方やそのひとつであるワーカーズ・コレクティブの、一人ひとりが平等、出資金の多寡ではなく、一人一票というラジカルさが注目され、また新しい意味を持つのではないか。NHKで話題になったハゲタカというドラマも、EBOという、雇用されている人たちが株を買って所有するという結末が用意されていた。2000年代的な文脈で、このラジカルなワーカーズ・コレクティブのあり方が若い人たちの働き方として再考される機会になればと思う。
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家庭のある女の組織としてのワーカーズ・コレクティブ

今年、さくらんぼの設立10年目で、私の住む瀬谷区は、生活圏と行政区が違って旭区瀬谷区両区の情報二冊が必要な地域で、ガイドになる情報誌を一冊で作ろうという話があって、ついでに10年史をまとめています。その原稿を資料にお渡ししたので読んでみてください。この10年間の自分たちの活動は面白かった。その面白さをお伝えできれば皆さんが何か始めるときの後押しになるのではないか、そんなタイミングで、今日ここでお話します。

先ほどの説明では、ワーカーズ・コレクティブを労働者協同組合や生協の流れで紹介されましたが、これらの組織は男性の組織。でも私たちは女で、家庭がある。私は今54歳ですが、専業主婦が多い私たちの世代のワーカーズ・コレクティブは、事業としては、家事介護、デイサービス、住まい方など、大体女性が家の中でやっていたことが中心で、普通の暮らしの中にあるニーズを事業化しています。2005年6月末220団体6000人が神奈川県下でワーカーズ・コレクティブで働いています。今は男性も移動サービスや配送のワーカーズ・コレクティブで一緒に仕事をしています。

 お金儲けのための仕事じゃなくて、その事業があることで地域が暮らしやすく豊かになる、ワーカーズ・コレクティブは社会起業の範疇にある事業です。介護サービスではかなり認められているのですが、市民権はまだなかなかない。弁当屋なら安全にこだわり、中学生のお弁当も始めたりしている。自然食レストランが株式会社になれば、事業規模が大きくなるでしょう、でもワーカーズ・コレクティブはそれとは違い、自分のこだわりを地域のこだわりにしよう、地域の必要性を事業化しています。
イタリアには、組合員の3分の1が障害者という社会協同組合があって、訪問したのですが、障害があろうと同じ一票だといいます。失礼だけどそんなに障害者が多いと決定がだいぶ変わってしまうのでは?と聞いたら、別に変わらないそうなのです。大きく方向が外れていくということは一度もない。むしろ、リーダーを選ぶときなど、健常者は皆有能な人を支持するが、障害者は、その人は言葉がきつく配慮がない、とノーを入れる、そのノーが組織にとってとても大切だと話されました。

平等といっても能力差はある。得意分野が違う。ワーカーズ・コレクティブには入社試験がない。加入・脱退の自由があるから加入は断れない。お互いに助け合って同じように出資して労働して、余ったお金を分配しよう、決定は一人一票で平等。異なる個人が一票を行使する原則だけは、規模が大きくても小さくても一緒、それがワーカーズ・コレクティブです。そこに男の組織と、女性が大切にされている組織との違いがあると思います。

夫と私、男と女でどうしてこんなに違う?

今の女性たちの感覚や考え方と違うかもしれませんが、私たちは専業主婦がすごく多い世代。

実は話の前の打ち合わせで、私は結婚前障害者施設で働いていたのですが、なぜ結婚で仕事をやめたのか、と聞かれました。遠距離恋愛だったけれど、夫が辞めるという選択肢はなく、私がやめるのを当たり前のように何の疑問を持たなかった。今思うと悔しい。

私と夫は高校のときから一緒なので、同じように育ってきてるわけですよ。だけど、疲れてはいるものの、社会に参加して夫だけ生き生きしている。一番痛感するのはお金の単位。家庭で扱うお金はたいてい1万円程度、せいぜい10万円。でも、夫が職場から持ってきた書類を見ると、「キロ円」とか千円単位で書いてあって「10万キロ円」とか扱っている。お金の単位が全く違う。社会出てから、家庭に入った私と、仕事を続けている夫とのあいだにはこの「キロ円の差」、扱っているお金の単位に格差が出来ていると気づき、平成8年(1996年)に事業を始める際に、妻とか母じゃなく、私個人として醍醐味のある社会との関わりをしたいと思ったのです。

実は保育室「さくらんぼ」を始めるその前に、私はすでにあったお弁当屋さんのワーカーズ・コレクティブに入って、高齢者の配食を立ち上げのとき、一緒に働いていました。

私の住む瀬谷区は、大和市と藤沢市に隣接するどんづまり、世帯収入も低い、緑や農地はいっぱいあるけど、何でも遅れていた。その瀬谷区で、配食については私たちワーカーズ・コレクティブの有志がやったことに横浜市が補助をつけることになったんです。横浜市の中で高齢者の配食は一週間に一回しかできなかったときに、瀬谷区は月曜日から土曜日まで届くというような市内では先進的な実践例になった。そのことが自分の中で自信になった。それがひとつ。

お弁当屋をやりながら、ワーカーズ・コレクティブは、いいところもいっぱいあるけど、結局専業主婦の暇な時間でやることだとワーカーズ・コレクティブに対する疑問もできてきた。専業主婦の103万円の枠内で働くことを前提としている。それはおかしい。お弁当が沢山注文きても、収入が103万越えちゃうと、夫の扶養から抜けて、夫の社会保険や、税金の控除がなくなって実質世帯収入が減るから働きたくない、と注文を断ってしまう。断れないときはただ働きする。

夫が言うには、普通は「お金を使う趣味」だが、これは「小遣いを稼いでくる趣味」じゃないかと。でも、実際に人に与えている幸福感ではどうなのか。夫は電気メーカーで、原発作って給料もらって。私がお弁当を作って地域の高齢者に与えている幸福感とあなたが人に与えているものとくらべてどうなの?と。お金で換算できない価値がある。そういう夫との対話を通して自信が出てきた。

そのうちの一人が、景気が悪くて自分が主計者になることになり、ワーカーズ・コレクティブの103万円の中から抜けざるをえなくなった。仲間として大事な人でも一緒にできなくなる。私がリーダーだったらこの人だけ160万つけましょう、ていうんだけど(注:実際現在のワーカーズ・コレクティブのお弁当屋さんはそういう制度になっている)、ワーカーズ・コレクティブだからみんなで決める。でもそこで多数決となると、そういう人は彼女一人しかいないから絶対に通らない。大事な仲間一人守れない民主主義なんてあるのか!と、矛盾を感じたのです。だから私はさくらんぼを作るときは、最初から「食えるワーカーズ・コレクティブ」をと考えたのです。

「お金を稼ぐ趣味」を越えてー「食える」ワーカーズ・コレクティブとしてのさくらんぼ保育園

食えるという基準はなにか。ひとつは、健康保険証は自分で持てるということ。今でこそカードだけど、昔は保険証は家族で一枚で、妻、子と書かれていて、家出したいと思っても自分の名前だけもって出られないんですよね(笑)。DVに遭った女性が逃げてきて緊急に預かったことがあるけど、その人は、保険証を持って出られなかった。

それから銀行をまわったときに、全て女だから、と門前払い。そのなかで、三浦信用金庫だけが唯一融資審査の土壌に乗った。前年の300万円の源泉徴収票があれば融資の対象にしますよと銀行にいわれたのに、私は扶養の枠で働いていたから、源泉は60何万。これでは貸せません、信用協会もこれではつきません、と断られた。

だから、「お金を借りられる要件」の年収300万円までメンバー8人に保障する、そして社会保険の加入、をスタート時点で確認しました。「食えない」ワーカーズ・コレクティブをやるくらいならやらない、やりがいならお弁当屋で充分満足していたわけですから。

どんなメンバーが一緒にやろうと集まったかですけど、地域活動とかPTA活動とか、やったことありますか?面白いのは、全くやりたくない関わりたくないという人と、どうせやるなら面白がってやりたいという人と、ホントにきれいに別れて、ふるいにかけてくれるの。私は、どうせやらなきゃいけないんだったら、思い出や共感ができるように面白くやりたいという遺伝子。こういう「ふるいに残っちゃう人」たちがいつも見えている。別のふるいでも残って、どこへいっても目立つ。中でも生協活動ってすごい大変な活動で、支部委員やったら家庭のことなんかやっていられなくなる。職員はペイドワーカーだが、組合員リーダーは無償(今は少し出ているみたいですけど)。でも、生協活動の中で、社会の仕組みがこうなっていてこういうところに自分がいる、とまったく新しい視点を勉強できた。ペイドワーク以上の価値があってすごく面白かった。でも多くの人はそんな大変なことはやりたくない。だからそこでやる人っていうのもまたふるいに残る人たち。そういう人たちが最初のメンバーです。

最初は多いとき15人くらい仲間がいた。結婚するまで何してた?と聞くと、学校の先生とか、幼稚園の教諭とか、私は障害児施設ですけど、半分くらいある程度資格を持って子どもに関わる仕事をしていた。薬剤師もいたんですよ、専業主婦やっていた。もったいないでしょう?

実は最初から子どもが好きで保育園をやろうとしたんじゃないんです。この仕事で食べられてこの地域に必要なものは何かを調べた。瀬谷区は保育が遅れていて、同じ市民税を払っていても横浜市から税金の下りている無認可保育室(地域保育室)が一つもない区だったんです。横浜市と折衝したら、「事業体からの保育園の申請がないから、税金を下ろせない」と言うのです。「じゃあ、私たちがやりたいといったら下りますか」「実績がないので今の制度では無理。でも横浜保育室という制度が変わります。そうしたら前歴がなくて初年度でも選考が規準が通れば認定しますよ」まだ制度が、議会に乗る前でした。実はその人、瀬谷区の地域振興課にいた人で、私たちが配食やりたいと言ったとき、孤食の高齢者にちゃんとしたお弁当が届くことは健康にも大事だから一緒にやりましょうと、手伝ってくれた職員だったんです。そのとき横浜市の中では、ゴールドプランの中でも自治体ごとに目標があって、配食がやれなくて困っていたんですね、そこで瀬谷区はNPOが単独でやって5日配食して助成金がついたのです。保育推進課の窓口に行ったらその、顔をよく知っている人だった。運よくその人が転勤になっていたんですね。そういうことも味方して早く情報がはいった。

当時横浜市は保育園を作らなかった歴史のツケがどんと来て、待機児童ワースト2、大阪についで多いと新聞に出て、保育園が足らないと行政もあせって、なんとかしなきゃと、東京よりも、日本で一番早く、単一自治体が市税だけで補助を出す「横浜保育室」の制度をちょうど考えていたときだったんです。基本的には無認可保育園を対象に認可保育園の不足を補う目的で、社会的財産がなくてもその事業が基準にあっていれば認定して認可保育園の助成金の8割くらいのお金を出し、きっちりとした保育ができる補助制度がその次の年にできる情報が入ったのです。市民活動をちゃんとやってると、ご褒美があるもんなんだなあとつくづく思いました。

投資することの決断とその資金づくり

そしてこれもすばらしい決断だったと今思うのだけれど、私募債を集めて借金して600万かけて、板張りで、乳児室は隔離し、調理室はあり、の横浜保育室の理念そのもの、の保育園の内装工事をしました。もし、現実的なお金の計算する人がいたら、認可されるかどうか分からないのにそんなにお金かけたりしないでしょう。でも、フランチャイズやベビーホテルでは食べていけない。労働も大変、子どもも大変になるので、絶対に何年かかっても、補助をもらえる横浜保育室をやる、とつくった。その施設をみて認定するので、先行投資しないと食べていける保育園ができない、と考えた決断だったのです。

ところでそのお金が銀行から借りられなかった。国民金融公庫は配食のときも貸してくれたから最後には頼りになると思ってました。「遊興業・金貸し業以外全ての企業を支援します」とパンフに大きく書いてあってこれ見て保育園に貸さないなんて誰も思わないですよね!最終的にはここが貸してくれると、出資金の240万以外は資金手当を全然しないでいた。―でも、実はどのくらいお金を貸してくれる?と集まった仲間の資産調査をしていたんだけどね(笑)。受付の窓口で裏マニュアルが出てくる。幼児教室はいいけど保育とくに0歳児保育というのは福祉。福祉は儲けてはいけない領域。国民の皆さんから預かったお金を儲からないところには貸せないと、そのときは、高齢者介護にも貸せなかったんですよ。

結局、10年史にあるように、どこからも借りれなくて、私募債を募って友人や仲間たちから出してもらって600万の資金を作りました。

私募債でいこう(市民のお金に助けられて)

 出資金の増額の検討もされましたが、1ヶ月でどの程度の私募債が集められるかやってみよう、それを見てから増額を考えようということになり、今度は設立趣意書を持って、それぞれが資金集めです。これは、自分達がなぜ保育園をつくりたいのか。そこで何を実現したいのかを人に語りお金を借りるわけですからいい訓練になりました。アンペイドワークでやってきた今までの地域のボランティア活動や生協活動、せっけん運動等の中でそれぞれが積み重ねてきた信頼関係が大きな支援に繋がっていきました。中には、自分が働いていた時期、保育園があったから助かった、使い勝手のいい保育園ができたらもっといい。と100万円の債券に応じてくれた方もいて、2週間後、集まった資金は総計31人680万円となりました。(10年史より)

10年史には「無謀にも『ここが認定されずにどこがある』と全員が信じていた当時の私達は少し神がかっていたのかもしれません。」と書いたけど、誰も私たちがこの制度の選に漏れるとはおもわない。みんなうちがならなかったら一体どこがなるのよって言う勢いだった。けど、今思えばよく通ったなあと。あけてみたら、地域保育室等、前の制度から上がったところが47団体、初年度の認定のところは全部資本のあるところだけ。借金して初めてやるNPOで初年度通ったのは、うちだけだった。前歴もない、児童数もぎりぎり、ただの救いは瀬谷区に全然税金が下りてない空白地帯という実態。

唯一選ばれた私たちがへんなことをしたら次がない、NPOはちゃんとやると思わせたい、と書類もお金の使い方も報告も、市の言うとおり、給食と一時保育だけは譲れなかったんですが、それ以外は、悔しくても避難路が狭いといわれればそうですねと広くし、保育室としては優等生でした。

でも、お金を出してもらう分、縛りもすごくあって、本当に必要な自分たちのしたいことがなかなかできない。制度の中で自分たちのやりたいこと―一時保育を充実させたり、給食を和食で行きたいとか―をしていくのは大変。牛乳が足りないとか肉をもっと入れろとか。お肉や牛乳は家で食べているし、玄米だから栄養は大丈夫、といっても通じない。でも私たちは確信犯なのでそこは絶対に譲りませんと抵抗してきた。今は行政の方が近づいてきて、ここ1、2年は、肉や牛乳を控えた和食中心でいい献立ですねといわれるようになったけど。

余談ですが、金融公庫が貸してくれない話をNHKの取材を受けたときにいったら面白がって、最初の頃に特集を組んだら、金融公庫から電話がかかってきた。「今は福祉の領域にも貸すようになりましたからよろしくお願いします」って。新聞の取材にも「一番大切なところになぜまわさない」とこの調子で言っちゃって、電話がかかってきたので、今は借りられますって、10年史には小さく書きました。これは背景として、民営化が進んできたということですね。福祉も公だけでなく公と民が担っていく形になっています。

民営―市「民」が運営するということ 少ない子どもの予算

コムスンの事件があったけど、企業の福祉で大事にされるのは利益。利益を上げて、株主に分配するとか社長がプールに使うとか、どこかに分配する、そのために、人が何人もいて、予算がついて、広報部とかあって。ひとりで営業も保育士も経理も宣伝マンも、何役もやる小さな組織じゃない。だから企業は、新しいことは勝っちゃうんですね。ワーカーズ・コレクティブだからこそやれていますが、これを塾とか事業に組み込んで並列してやろうと思ったら大手に食われちゃいます。

高齢者福祉はNPOが見直されてると思いますが、保育は、残念ながらベネッセとか鉄道会社など、資産規模がすごく重視されていて、そのお金で何を地域でしたいのかという活動を見て認定されません。それでは民営化で民間参入した、といっても「民間資本」の「民」ですから。市「民」活動じゃないんですね。その民の中のNPOでも事業系は少なくて、ほとんど食っていけないんです。食える事業系のNPOは福祉系です。うちのような保育園や介護。

保育は高齢者よりひどい。国のお金を高齢者は子どもと比較できないくらい使っている。児童手当を上げるのにすったもんだしている国でね、私たちが必要としている領域を政治がやらないと、といってもこんな予算規模じゃ無理なんですね。

福祉予算の中で、保育はパイが小さいからカバーできない。いろんな特別な予算をくっつけて、厚生労働省の別の助成金だったり、男女共同参画のお金を使ったり。

たとえば福祉はみんなそうですけど、障害者、児童、学童、高齢者、生活困窮者、みんな輪切り。所管が違うんですね。ところが生活者の中では重なっているんですよ。助成金の出方も、高齢者は高齢者の施設に出るという形。でも「富山モデル」というのがある。「みんなの家」とか言って高齢者をデイサービスしながら近所の子どもをおばあちゃんたちが見ている。高齢者と子どもを一緒にみて、両方に同じ予算が出るんです。それは「モデル」といわれるくらい、特別なお金の出方なんです。福祉の領域というのは必要に応じた事業に対して出るのではなく、国の制度によってしか出ないから、事業を起こしても使える制度がない。事業をして後から付いてくるということなんです。

市民事業のメリット

NPOのメリットについてですが、うちにとっては税金がかからないのが大きなメリットです。市民・県民・法人税がかからない。

最初ワーカーズ・コレクティブでやるつもりなかったので有限会社の勉強もすごくしたんですよ。有限会社との違いは、普通の法人だと剰余が出たら税金を取ってから、引き当てるなり、分配しますよね。NPOでは、税金を取られる前に、そこで次の事業の引き当てができる。剰余が出たらそれを全額次の事業展開に使える。それが非課税申請をして通ったNPOのよさだと思います。ワーカーズ・コレクティブもNPOに近いですが、利益の再配分をしない。非営利って言うのは儲けちゃいけないということではない。儲けて剰余は出していい、ただ配当を出すとか、社長のプールに使うとか、銀座で使うとか、そういうことはダメですよ、と。次の仕事NPO活動のために使いましょう、これが営利非営利を分ける道。有限会社は営利なのでまず剰余を出したら法人税が4割くらい、100万利益を出したら50万ちかく税金で取られる。NPOは儲けて、剰余を出していいが、分配しない。ただ、私たちは、横浜保育室の制度で税金の補助金なので、横浜保育室の事業で完結しなければいけない。保育室のお金を子ども館に使うというのはできない。でも、転んでもただでは起きないのが私たち。剰余は給与としてメンバーに分配し、メンバーが自主的にさくらんぼに寄付する。月1万円ずつで、21人で21万円。うちのNPO法人の会員はみんな働いている人。月会費が1万円。理事に責任者手当てがついていて、それが5万だったら3万円くらい寄付。こうした寄付だけで一個の事業の家賃くらいは出るんです。そうやって横浜保育室で分配したお金を自分たちがやりたい事業のお金に持ってくる。これを強制的にやったら、通報されたり不満が起きたりする。その合意が取れるのはワーカーズ・コレクティブだから。私たちがなぜこれをしないといけないか、この事業でこういうメリットが法人全体にあるということを時間をかけて説明をし続ける。その説明責任が、理事会にはある。その理事が同類で集まっている。だから強制でなく、自発的にできるのです。

ワーカーズ・コレクティブで大事なことは憤り

ワーカーズ・コレクティブをやっていく上で何が大事かというと正義感が強いとか、私憤でも義憤でもいいけど、憤ったことがあるということかな。この話は今日は男性も多いしやめようかと思ったけど、私がなぜこんなに一時保育にこだわるかという話をします。私は女ですから出産をしました。第一子のときはひとりで産婦人科の診察に入りますが、核家族だったので、2子目のときは上の子を連れて行かなければならない。産婦人科は行ったことないでしょうけど、あそこは内診もしますから、基本的には女性一人で入る場所、子どもにとってはお母さんが何かされちゃうんじゃないかと思って怖いところ。子どもをつれて入るのも嫌だし。だけど、待合室では誰か見てくれる人がいるわけではない。「おかあさーん」と泣いている声が聞こえる。ここ入っちゃダメよとかいわれてる。

こんな思いをする出産ってなんだろう!?って。これは私憤です。子どもを産むことで屈辱を感じたり、いやな思いを引きずる。ものすごく女性の産む性が大事にされてない。にもかかわらず、少子化とか男の議員が言って男の政策で出てくる、それはおかしいだろうと。基本的に女性が子どもを生んで育てるということに女性を大事にする視点がなかったら、産まないよ、私だって三人目はやだよ、て言って産んじゃったんですけど(笑)、実は、3人目はイギリスで無料で産みました。イギリスでは女性が子どもを産むことを大切にしている。病院の中にそれが息づいている。「お産のときに流す音楽は何にしますか?何の音楽の中で生みたいですか?モーツアルトにしますか、ジャズにしますか?」女性の産む性を大切にされて初めて産んだ。私のしたお産の中で一番よいお産でした。女性がどういう存在なのかということが日本ではものすごく遅れていると思った。これが私の憤り、だから保育園をやるんだったら、産婦人科に行くから預けたいって言うのは絶対に断らない。歯医者もそう。胃は我慢して治ることがあるけど歯は絶対に悪くなる。お産をしてカルシウムをとられて歯が弱くなっているところに、歯医者にもいかれない。一時保育の要件をお見せしたいですが、歯医者に行く、病院に行く、自分の産科の検診に行く。こんな要件ばっかり、それは自分の思い、私憤があったから。私は本気で一時保育を、自分のこととして、みんなに必要だと話した。ネスト瀬谷を作ったときに、最初のときやったら、一時保育が大変でもうやりたくない、と私には言わないけど、ほんとはそう思っていたみたい。一時保育は、毎日違う子が、違う要件で、1時間とかしかいないこともある、子どもの背景が分からない、そういう子を10人20人あずかるのだから保育士にとってものすごく大変なこと。これで、どんな子がきてもあの一時保育に比べれば、簡単よって言うくらい力量をつけることには役立ったけれど。頭で一時保育が必要だとわかって、やりましょうね程度じゃだめ。それならやめようといったと思う。現場で関わっている仲間に分かってもらって、それを支えられたのは、8人のメンバーそれぞれに子育ての経験の中で、「一時保育ができるところがあったら私の育児はもっと楽だった」という思い。それは憤り。それが最後の踏ん張り。うまくいかなかったり、思いもかけないことが起きたとき、踏ん張れるのは「自分の問題」だから。同じ生活者として、普通のただのお母さんと同じ思いで、どこかで共感できる、それがあったから、ニーズにマッチしたのでしょう。

生活者としての共感と子どもに自分が大事にされているという体験を

最初預けたお母さんたちは未だに子どもをつれてきます。最初のスタートのとき預けた母親は私たちの踏ん張っている姿を見て、でも不安だったとは思うんですよ。保育園ってふつう昼寝するけど一時保育の子どもは全然寝ないから、遊びにいこうって行っちゃう。それを親に正直に言うのですが、仕事をしている母さんたちに、昼寝をさせてもらわないと夕方ご飯作るとき寝られて大変困ると言われた。自分が専業主婦だったから預けたことがないから分からないのね。そんな調子だから預ける側に不安はすごくあったと思う。でも、親にとってこんな保育園がいいね、を一緒につくっていった。うちはタオル一本で指定の持ち物ないんです。不必要に布団のカバーをつくってこい、とか一切なし。お布団のカバーなんか幼稚園のお母さんは毎日うちにいるのに持って帰らないでしょ、保育園のお母さんたちは、平日仕事しているのに週末、すごい荷物、洗濯にもって帰るんですよ。これ逆じゃないの!?って。そんなことは全部私たちがやります。その分子どもと遊んでればいいって。父母とはなんでも言い合える仲間だった。

私たちが保育園の中で、子どもの真ん中を大事にする、ちっちゃなことはいい、けんかしてもいい、その子が自分を愛せるようにしようねって。いくら言葉で言っても伝わらないんですよ。でも情報は分かってもらえるという前提で、読まない人もいるだろうけど、私たちは10年間毎月一回も欠かさず厚いおたよりを書き続ける。楽しみにしてくれるお母さんもいるけど全員の共感は難しい、今は当時の5倍の子どもがいて全員とは共感できない。エッと思うような要求する親もいたりする。ただ、困ったときに相談してくれる関係だけは、つくっておきたい。私たちはあずかってあげてる保育士よ、と上から話をしない。保育園の実態、自分の失敗の話をする。人の失敗の話を聞いて、結構安心するって言うのは人間にあるんですよね。こうしたらいいと理想像をいくら言われても、それに届かないことに苦労して苦しんでいるのだから無理。私たちの失敗も言うし、でも私たちの子どもはそれでもちゃんと生きているよ、と何歩か先を見せてあげる。

私たちは保育士もスタッフも、子育ての伴走者であればよい、子育てに一緒に走ってくれる人がいたらどれだけ楽か。たとえば盲目のランナーの伴走者は鈴を振って走りますよね。鈴を鳴らして、私はこういう子ども観を持っていて、子どもをこういう風に育てようよと。

かみついたり引っかいたり、とんでもない子も毎年いるんです。1歳2歳のとき攻撃的、でも3歳になったら遊びのリーダーになるんです。面白い遊びをする。そこにみんなが寄ってくる。それがまた気に入らなくて自分のやりたようにやりたい、そこでまたトラブル起きるんだけど、それを昇華して、そういう力があるのはすごいよと引き戻してあげる。

あとでもお話しますが、保育園というのは独特で、子どもの施設なのに親の状況に左右される。その子にとって集団が必要でも母が仕事をしてなければ保育園に入れない。そのような現実を最初は横浜保育室だけやっているときには嫌というほど感じた。

子どもの中に、言葉にならないけど誰かと楽しいときを過ごした、大事に扱われたという感覚を残したいと思って保育園をやっている。子どもが大きくなるときに、見えないけど、それがなかったら後で絶対に苦しくなる。子どものけんかを止めるような仕組みを作らない、子どもの中で必ず仲介役の子が出てくる。子どもたち本来の力で育っていけるところを大人が邪魔しないで、子育ちをどうカバーしていくかということが保育の中心だねと話している。

起業のときも同じで、やって失敗してもあの時はマイナスだったけどプラスになったということが積み重ねがある。今回始めた「子ども館」も行政でやれないようなことを法人にできるのかとたたかれましたが、その痛さより、やればできるかもというわくわくする気持ちの方が強いのでチャレンジしているんです。

私たちの事業の特性、事業展開の仕方

現在私たち保育室さくらんぼの事業高は1億6300万ですが、そのうち、9000万くらいが横浜市からの横浜保育室の助成金です。助成金をもらって、瀬谷と三ツ境のネストという保育室を2園運営しています。そして、それだけではなくて、瀬谷の保育室を移動する中で、元の借りていた場所を民間の子ども館にすることにしました。それ以外にもみんなでアイディアを出して、さまざまな事業を地域で展開しています。

少子化といってもお金もらったら子どもを産むなんて大間違い。子供を生んで安心して育てられることが大切。そのためには、今ある制度の中で一番使えるのは保育園。でも保育園は国の制度の中にあるので、人員配置もできないし、なかなか自由に広げられない。でも保育園が今までどおりのことしかしないなら、子育てはものすごく大変になる、と痛感して事業にしていったのがさくらんぼのこの10年の流れです。ここで私たちの事業について整理したものをお話します。

2・子育て(保育)ニーズのひろがり 
 
「地域での多様な働き方自分達の子育てから」社会起業講座第2回

レジメのAの領域、一番小さい丸ですけど、ここは父子家庭母子家庭が入ります。現在公立保育園の一クラス全部が片親家庭というくらいに、子どもを育てる機能としての家庭が保ちきれてない。生活困窮や育児放棄の人たちが住んでいる地域に必ずいます。本当は公的な福祉としてやるべき領域がどんどん広がっている。その上の丸のBの領域は、お母さんが仕事しているとか、病気で保育できないなど、昔、「保育に欠ける」といわれた、この周りの赤線の中が保育園入園の対象です。「さくらんぼ」の事業では2園の横浜保育室でやっているのはAとBの領域です。

その周りの大きな円のCの領域。家庭で子育てをしている層。このCでは、家庭でお母さんが子育てをしているから子どもは幸せかと、お母さんがみんな子どもが大好きかといったら、そうではない、すごくストレスを抱え、お互いにマイナスマイナスで作用しあいながら、家庭の中で、うんざりしながら育てられている。そういう子どもたちに、あなたが大事、あなたのままで大事、という安心感が与えられると思えない。少子化って子どもが少ないだけの問題じゃないのです。大人を信頼できなかったり、大好きな大人がいなかったりする、子どもの中にそれが育ってなかったら今後の日本がどんなに経済発展しても、私は破綻が来ると思う。国は人がつくるものだ。人の基本にタッチしている、と緊張して仕事をしている。保育園の領域がCまでカバーできるようになっていかないといけないと思う。このCを対象にする制度が今はないんです。この赤のラインは保育園の対象領域だけどそれがもっと広がっていかなきゃいけない。これは正確な8角形とは限らず、でこぼこしていたりするが、平等に大きく広がるように。これはNPOとかではなく本来政治の責任だと思う。

本当はAは「公」にやってほしいと発言もしているが「公」が担いきれていない。結局Aの部分も実際私たちがやっています。生後6日めの赤ちゃんで、市大病院から話が来た。出産したお母さんが子どもを拒否していて、育てられない。でも、お父さんがいるから乳児院にも入れられない。母は普通分娩だから、病院から返される、子どもと一緒に帰ってくるが、一緒にさせられない、何とか預かってもらえませんかといわれて生後6日の赤ん坊を預かったことがある。地域に困った方がおられるなら、とやったわけだが、本当に日に日に大きくなって、お父さんが送り迎えをしてとてもケアをしっかりしてくれて、3ヶ月間保育しました。本来無認可の保育園がやることじゃないよね、でもやらざるをえない、というようなことが地域には沢山あります。

また、このBは、保育に欠ける必要な人が対象だったはずなのに、公立保育園は6時半まで。瀬谷にお迎えに来るのには仕事が5時半に終わらなければならないがそんな仕事は沢山ない。比較的恵まれている公務員や教員しか入れない、という逆転が起こってしまう。無認可で、いつつぶれてもおかしくない私たちのような園が、6時半にお迎えにいけなくて入れないと困っている人を受け入れているのはおかしいことだと思う。でも実際ニーズがあるのです。

公立や認可保育園は1月申請で4月に入園します。5月に生まれた子は12月まで申請できない。何月に生まれたか、で保育園に入れるかが決まる。賢い人は、2月ではダメで、1月までに産む。そうしないと女性は仕事を継続できない。

税金が下りている横浜保育室で、A、Bの領域をやっているのだが、私たちは一時保育という形でBとCの領域で緊急性の高いものを扱っています。Cの領域の人も、保育園を使わなければならないことができてくる。仕事をしていないお母さんでも保育園を利用する状況がある。突然予後の悪い病気になるお母さんもいます。たとえば昔は里帰り出産が多かったが、今は若い二人で出産する。母が出産している間上の子は保育園に行く必要がある。でも公立・認可保育園にはとても入れない。

一時保育は、横浜市から250円しか助成が出ないのです。しかも一時保育まで保育に欠けているという要件があった。ここ三年、育児支援の観点からその要件を取り払い、ようやくその制度が変わって、美容院に行きたいとかお友達とお茶のみたい、結婚記念日なので二人でお出かけ、というような場合も喜ばしいことに、受けられるようになりました。このCの領域は本当にニーズはあるけど、制度がなく、営利企業が手を出さない。ベネッセの一時保育は1時間1200円。5時間で6000円。うちで働いている人は時給800円です。預けたら、一時間400円損するんです。

Cの領域は、「公」ではなく「協」の出番

Cの領域は対応する制度がない、けど必要性が高い、ここの部分に私たちの新しい事業は集中してます。先ほど話したように、横浜保育室の母親の話や自分の子育て経験の中で悔しかった思いとかを事業化しているのです。

実際このCの領域に行政が手を出すと、ニーズとサービス提供のミスマッチが起こってくる、全く使えない「ファミリーサポート事業」というのが何百万円という予算で全区展開しているんですけど、幼稚園の送り迎え程度にしか使えないんです。そんなのはお友達同士で頼めばいいことで、税金を投与するようなことかなと思うんですね。家事支援はダメ、どこかに連れて行ってもダメという縛りがあって使えない。

この領域は、当事者の視点というか、アンテナショップのように、使う人がどうなの?という視点がすごく大事な領域ですね。だから民間やNPOがやれば、マッチするので成果が出て、それに国の制度がくっついてくる、かもしれない、そういうことが望まれる領域です。「ひろば」という事業は横浜の「びーのびーの」という有名なグループのお母さんたちが、無謀にも、儲けもなしにやった、それがすごく機能を発揮して今は国の制度になっています。実態が先行してそれに助成がついてきて、現在は横浜市も取り入れ、最初は「一区に1広場」だと、そうなるかは分からないが、スタッフを置けるだけの年間400万円の助成が出るようになりました。このように採算が求められなくて、使命感でやっていて、制度が後でくっついてくるということはよくあります。

新しく始めた「なんくる応援団」という事業は、ホームヘルパーの子ども版とも言える事業ですが、利用料は950円です。一時間150円が事業体に入る。横浜市の「ファミリーサポート事業」と同じ価格にした。これより高いと、利用者が使えないし、これより低いと私たちが困る、1時間で150円の手数料では採算性は望めない、でも法人としては、これがあるとすごくいいとわかっている、だからこれには利益を求めない、ただこれとセットで助ける事業をもうひとつやってやれるようにしようと。

ニーズがあるのだからと赤字でもなんでも闇雲にやるかといったらそうではなく、私たちは思いついた事業の色を決めます。数年で採算ベースに乗れる事業なのか、採算性が望めなくても法人の使命としてやるべきものなのか、ワーカーズ・コレクティブなので話し合います。リーダーの理事たちは、何で儲からないことをやるのか、といわれ、新しいメンバーが来るたび、それを説明できる言葉で、毎回毎回説得する。

このなんくる応援団のような事業は、採算を望まないけれど絶対に必要な事業として1の事業に分類します。採算性を見込んで組み立てようというのが、2の事業です。スタート時は厳しいけれど自立が可能な事業。

泥んこ遊び教室と地域の人に教えてもらう教室。これは1の儲からない事業の採算をカバーする領域で、人を集めるように広告宣伝費を使ってある程度の事業規模になれば採算ベースに乗って、人も配置できてと事業計画をきっちり立てられる事業。

こんなふうにまず何かをしようと思ったら、まず色付けからやります。これをやらないでやみくもに、採算性を取ろうと思っても疲れるだけだし、やってる人も利用する人も疲れる。こうやって色づけしてやってきたということが、さくらんぼの事業がひとつも挫折していない、私たちが自信を持っているところです。最初の時点から赤字はわかっているが、やる、この赤字を他のところでなんとかしようという形でやっています。

3番目として、今ある制度の中で必要に応じて起こす事業。現存するちゃんとした制度があるのに、うちがまだ事業化していない、確実にニーズがあるというのが学童保育所です。これは、来年度行政の折衝や助成金をとってくるところからやって事業化します。興味がある人は一緒にやりましょう。今横浜市のほとんどがそうであるような父母の共同の運営体のような学童ではなく、さくらんぼが責任を持って預かります、だから親の手がそれほどかからない、特色のある学童にしたいと思っています。送迎も「なんくる応援団」と組みます。8時過ぎたらおうちで待っています、というオプションがある。その代わり費用は今の学童の1.5倍くらいに設定しようと。まだ事業計画までいってないですが、今制度があって、助成金を見込んでプラスアルファ独自性をつくって事業化する3番目の事業。

この3つで事業を分類しています。どう組み合わせるか、人もお金も建物も全部組み合わせて使えるように、パズルのように。この人は午前中こっちだったら午後こっちとか。21人メンバーがいますから、21人のメンバーで知恵を出すといろいろ出てきて、ここをこうしたらここの人件費が要らないとか、中のマネージメントもそうですが、法人外の人もマネージメントしながらさくらんぼ全体の事業をつくるというやり方です。

イベントで盛り上げる主体性―病み付きになる面白さ

新規事業に色つけてますよと言っているけど、それは10年目で整理したからで、それまでは闇雲でした。2.3年位前から、新規事業のやり方の概略が見えてきて、今回私は初めて文字にしました。10年史にあるように、「なんくる応援団」も「ひろば」も、「新規事業企画発表会」をやったんです。

100万円を借金して、提案した事業が通ったら100万円で事業化できるという企画をして外部から審査員を呼んで盛り上がったのです。この企画で、メンバー一人ひとりの企画力や発表力がつきました。1位の景品は3000円の商品券。21人を5グループに分けて、提案会をやって、内部審査で3つに絞って、その順位を外部の審査員に順位をつけてもらう。そのときの3人の審査員の講評を見ると、どれもやってください、と順位がつかなかった。しかし、この結果生まれたのが「なんくる応援団」と「ひろば」です。このコンテストを全員参加でやったので、みんなが主体的に、赤字でも子ども館をやろう!という気持ちになったのです。10年目のマンネリを乗り越える大きな揺り動かしになって今に繋がっているなあと思います。

NPO同士が手をつなぐのは難しいですね。それぞれ自負があって。私は今また障害者の問題を戻ってますが、障害者運動は全国どこでも二つに分かれて一緒にやっているところはないけど、滋賀県では、NPOをつなぐ中間組織があって一緒にやっている。NPOが事業をとってきて加盟のNPOにみんな分配しているのです。

子ども関係のNPOもひとつになるといい。子ども館も午前中あいているからそこでやって何かするとか、そういうNPOも、ボランティア系と事業系がなかなかいっしょにできない。そういうことをする機関があるとものすごい戦力になるんじゃないかと思う。

参加者のお話に出ましたが、家族のある人とない人のギャップをどうするか。子育てって言うのは子どもがいる前提がある。でもその前提も取っ払えないだろうか、その中で接点を持つ、一緒に食べる、ということを共有していく。

土曜日に一回子ども館で、お父さんを入れてやろうとイベントやっていますが、でもお父さんでなくてもいいんだよね。焼き物で、炉辺焼きの日、焼きそばの日、と食べることを通して。孤食をなくしていく。家庭の中だけに、集って食べることを独占させない方向も考えたいと思います。この事業の色分けの中でいろいろなことにチャレンジしていけると思います。
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何も知らない強さが何物にも変えがたかった。自分たちがやりたいと思ったらめげない。人に言われたのではなく、自分たちでお金を借りてなんとかやろうと思ったから、どんなに転んでも頭を打たれてもめげない。ひとつうまく越えられたので次のときも怖くなくてやればできるかもしれない、と。その精神でやっていく楽しさは、一度やったらホントに病み付きになりますよ!

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Posted by 横浜ベンチャーポート at 15:45│Comments(0)社会起業講座をネットで再現
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