2007年08月24日
アサヒ・アート・フェスティバル学校
アート系の社会起業講座企画の調査のため、昨日夜はデザイナーとともにAAF学校(アサヒ・アート・フェスティバル学校)へ。懇親会まで参加したので、帰りは午前様に。。。
皆さん、隅田川沿いにある金色のうにゅっとしたもの(炎のオブジェ)が屋上にのってる奇妙な建物、ご存じですよね? フィリップ・スタルクというフランスのインダストリアル・デザイナーの設計で1989年につくられたアサヒビールのスーパードライホール、ここは下はレストラン、上は多目的ホールで、このホールでアートメネジメントのスクールが定期的に開かれています。はじめてこの建物入ったんですが、エレベータの中から扉のとってから、全てが特別、見たこともないようなデザイン。トイレに入るとびっくりですが、天井から下までつながっていて、全面に水が流れているだけ、個室も入り口も壁かと思うような銀色の一面でドアの開け方にも迷うような感じ。これをバブルの遺物としてしか見られないのだとしたら、それは日本の貧しさなのかもしれませんが、一般感覚からは飛び離れた空間です。
アートフェスティバルは、ジャンルを越えて地域や市民と協働して、コミュニティの魅力を高めることをアートを通じて行おうとする試みで、まさに社会的事業で、アサヒビールのメセナの一貫としてなされているわけです。そうしたアート事業をマネジメントするアートマネジメントを教えるのがAAF学校。
これらは、アサヒビール芸術文化財団の事務局長であり、(財)横浜市芸術文化振興財団の専務理事でもある加藤さんが統括されています。昨日は、加藤さんコーディネートで講師は若手現代音楽家の足立智美さんで、「アートマネジメントに求めていること ー個人のアーティストとして」というお題。日本でアーティストが自立して食っていくのは大変。でもしつこくやってちゃんと食っていけるようになった足立さんの自身の経験から、プロのアーティストの条件が提示されました。
小規模でもいい。プロとして完璧な、きちんと報酬を得た仕事をする。文化庁の補助金でも赤字の半分を助成するということで、赤字が前提されている。また、アートを育てるというような言い方がされる。これはそもそも違うのではないか。子どもっぽいアートはもううんざりなのだ。
アートで地域再生とかいうけれども、そもそも社会と芸術とは親和的なものではなく、対立しているもの。社会に関わる芸術というのは、いわば甘ったれとも言える。足立さん自身が音楽をはじめた動機は、中2でいじめにあった時、社会から拒絶されても、ストラビンスキーやバルトークの音楽を聞き、直接対話をする。近代を乗り越えた芸術から学ぶことは非常に大きい。それは個人のエピソードを越えて、歴史性の中に相対化するということであり、自身の社会における位置を把握したうえで、プロの仕事ができるという当たり前のこと。それがないがしろにされているのが現状ではないか。
足立さんはヨーロッパでの公演も多いが、ヨーロッパの事情は全く違う。特にドイツでは、市や国から助成を受けて都市の文化拠点において、アーティスト自身の作品の制作・発表が行われる。それは従来の画商や美術館のキュレーターが美術の価値決定を行ってきたのとは違う、自立した芸術(事業)である。それが可能になるインフラがあるかどうか。
実は、横浜にはそのインフラが行政により整備されてきている。ZAIM、万国橋SOKO、東京藝大大学院映像研究科、BankART1929、BankART NYK、BankART桜荘など全部で10箇所は行政主導で整備済、あるいは整備することが決まっている。そこをどう活かすかは、自立/自律したアーティスト、そしてそれらを有効に活かすアートマネジメントが必要である。その人材教育が、こうした学校の場から出てくれるといい。
横浜は、そういう意味で、恵まれている。スーパードライホールはバブル期にできたハコだが、それほど有効には利用されてはいないという。それ引き替え、横浜にはそういう場所がどんどんできている。これの動きが民間にまで波及して大きな波になった時、アートが横浜の産業の大きな柱になっていくのだろう。その一助となるようなアート社会起業の企画を暖めている。
(ひ)
皆さん、隅田川沿いにある金色のうにゅっとしたもの(炎のオブジェ)が屋上にのってる奇妙な建物、ご存じですよね? フィリップ・スタルクというフランスのインダストリアル・デザイナーの設計で1989年につくられたアサヒビールのスーパードライホール、ここは下はレストラン、上は多目的ホールで、このホールでアートメネジメントのスクールが定期的に開かれています。はじめてこの建物入ったんですが、エレベータの中から扉のとってから、全てが特別、見たこともないようなデザイン。トイレに入るとびっくりですが、天井から下までつながっていて、全面に水が流れているだけ、個室も入り口も壁かと思うような銀色の一面でドアの開け方にも迷うような感じ。これをバブルの遺物としてしか見られないのだとしたら、それは日本の貧しさなのかもしれませんが、一般感覚からは飛び離れた空間です。
アートフェスティバルは、ジャンルを越えて地域や市民と協働して、コミュニティの魅力を高めることをアートを通じて行おうとする試みで、まさに社会的事業で、アサヒビールのメセナの一貫としてなされているわけです。そうしたアート事業をマネジメントするアートマネジメントを教えるのがAAF学校。
これらは、アサヒビール芸術文化財団の事務局長であり、(財)横浜市芸術文化振興財団の専務理事でもある加藤さんが統括されています。昨日は、加藤さんコーディネートで講師は若手現代音楽家の足立智美さんで、「アートマネジメントに求めていること ー個人のアーティストとして」というお題。日本でアーティストが自立して食っていくのは大変。でもしつこくやってちゃんと食っていけるようになった足立さんの自身の経験から、プロのアーティストの条件が提示されました。
小規模でもいい。プロとして完璧な、きちんと報酬を得た仕事をする。文化庁の補助金でも赤字の半分を助成するということで、赤字が前提されている。また、アートを育てるというような言い方がされる。これはそもそも違うのではないか。子どもっぽいアートはもううんざりなのだ。
アートで地域再生とかいうけれども、そもそも社会と芸術とは親和的なものではなく、対立しているもの。社会に関わる芸術というのは、いわば甘ったれとも言える。足立さん自身が音楽をはじめた動機は、中2でいじめにあった時、社会から拒絶されても、ストラビンスキーやバルトークの音楽を聞き、直接対話をする。近代を乗り越えた芸術から学ぶことは非常に大きい。それは個人のエピソードを越えて、歴史性の中に相対化するということであり、自身の社会における位置を把握したうえで、プロの仕事ができるという当たり前のこと。それがないがしろにされているのが現状ではないか。
足立さんはヨーロッパでの公演も多いが、ヨーロッパの事情は全く違う。特にドイツでは、市や国から助成を受けて都市の文化拠点において、アーティスト自身の作品の制作・発表が行われる。それは従来の画商や美術館のキュレーターが美術の価値決定を行ってきたのとは違う、自立した芸術(事業)である。それが可能になるインフラがあるかどうか。
実は、横浜にはそのインフラが行政により整備されてきている。ZAIM、万国橋SOKO、東京藝大大学院映像研究科、BankART1929、BankART NYK、BankART桜荘など全部で10箇所は行政主導で整備済、あるいは整備することが決まっている。そこをどう活かすかは、自立/自律したアーティスト、そしてそれらを有効に活かすアートマネジメントが必要である。その人材教育が、こうした学校の場から出てくれるといい。
横浜は、そういう意味で、恵まれている。スーパードライホールはバブル期にできたハコだが、それほど有効には利用されてはいないという。それ引き替え、横浜にはそういう場所がどんどんできている。これの動きが民間にまで波及して大きな波になった時、アートが横浜の産業の大きな柱になっていくのだろう。その一助となるようなアート社会起業の企画を暖めている。
(ひ)
2007年08月24日
やっぱり高級プリンは☆最高~☆
こんにちは。
横浜ベンチャーポートの釜本です
だいぶ過ごしやすくなって来た今日この頃ですが、
夏ばてなどされませんでしたか

私個人的には、暑いのが大好きなので夏ばてどころか
食欲が旺盛になってしまうくらいです。



さて、先日ですが、ネットショップ塾のおやつでお取り寄せプリンをオーダーしました


なかなかいいお値段でしたがやっぱりおいしい
おいしいものは人を幸せにしてくれます。
たまには奮発して自分へのご褒美なんていいかもしれませんね。
とはいえ、暴飲暴食には気をつけましょう!

横浜ベンチャーポートの釜本です

だいぶ過ごしやすくなって来た今日この頃ですが、
夏ばてなどされませんでしたか


私個人的には、暑いのが大好きなので夏ばてどころか
食欲が旺盛になってしまうくらいです。



さて、先日ですが、ネットショップ塾のおやつでお取り寄せプリンをオーダーしました

なかなかいいお値段でしたがやっぱりおいしい

おいしいものは人を幸せにしてくれます。
たまには奮発して自分へのご褒美なんていいかもしれませんね。
とはいえ、暴飲暴食には気をつけましょう!
